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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)3203号 判決

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載の不動産に経由した左記登記の抹消登記手続をせよ。

1  名古屋法務局昭和出張所昭和四〇年一二月二三日受付第三一二〇八号所有権移転請求権仮登記

2  同法務局同出張所同日受付第三一二〇六号根抵当権設定登記

3  同法務局同出張所同日受付第三一二〇七号停止条件付賃借権設定仮登記

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  事案の概要

別紙物件目録記載の不動産は原告の所有であるところ、株式会社日証金を権利者とする主文第一項記載の各登記が経由されている(甲一、二)。

株式会社日証金は、昭和四一年一〇月一三日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告(同裁判所同年(フ)第三一二号)を受け、昭和五〇年一二月五日被告が破産管財人に選任されたが、同年同月二五日破産終結決定がなされ、昭和五八年七月一五日その旨の登記がなされた(当事者間に争いがない)。

本件は、原告が被告に対し所有権に基づき破産者の前記各登記の抹消登記手続を求めたものである。

第二  本案前の抗弁及びこれに対する当裁判所の判断

被告は、本件訴訟の被告適格を争い、本件訴訟の却下を求めたが、その理由は別紙のとおりである。

当裁判所は、本件訴訟の被告適格は被告にあると判断する。

すなわち、破産財団を構成する財産に関する訴訟の当事者は破産管財人であり、右財産についての登記手続上の登記権利者、義務者も破産管財人である。

そして、破産手続が任務終了により終結したとしてその旨の決定がなされているとしても、残余財産が存在していることが判明した場合においては、実質において管財業務は終了していないのであるから、破産管財人には、当該財産につき調査し、換価あるいは取り立てて財団を形成し追加配当をなす等更に業務を遂行する権利と義務があり、形式的に破産終結決定が存在するからといって管財人としての地位と職責が消滅するものではない。このような管財人の職務を保証するためには、破産終結決定があった場合においても、依然として破産財団に属すると思われる財産についての処分権限は管財人にあるとし、右財産に関する訴訟は管財人を相手としてこれを行なわせる必要があり、右財産に関する登記の手続上の当事者も管財人であるとしなければならない(法曹会決議昭和一七・一〇・三〇参照)。

この点に関し被告の指摘する判例は本件の論点に関するものではないし、新たに破産財団に属する財産の存在が判明した時期と破産終結決定との間の経過年数によって被告適格が変るという運用を法的に根拠付けることは困難である。

これを本件についてみるに、本件の根抵当権、所有権移転請求権、更には停止条件付賃借権が破産財団に含まれることは明らかであるから、破産終結決定があるとしても右各権利に関する登記の抹消登記手続に関する本件訴訟の被告適格は被告管財人にある。

第三  本案についての判断

前記事案の概要で認定判断したとおり、原告の所有に属する本件不動産に本件各登記が経由されているところ、被告は右各登記に対応する権利が存在することについて何等の主張、立証をしない。

以上によれば、原告の本訴請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

一 愛知県愛知郡日進町大字赤池字中谷四〇番の五

宅地 一八五・一二平方メートル

二 愛知県愛知郡日進町大字赤池字中谷四〇番地の五所在

家屋番号 四〇番の五

本造瓦葺平家建居宅

床面積  一四・八七平方メートル

付属建物

1 本造瓦葺平家建事務所

床面積 九・九一平方メートル

2 軽量鉄骨造スレート葺平家建車庫

床面積 五七・八五平方メートル

別紙

(一) 破産者を株式会社日証金とする大阪地方裁判所昭和四一年(ワ)第三一二号破産事件(以下本件破産事件という)については、破産裁判所たる大阪地方裁判所において、昭和五〇年一二月二五日被産手続終結決定がなされているところ、右終結決定により、被告の右破産管財人としての職務は右同日限り終了したのであって、現在被告は、本件破産事件の破産管財人でなく、その地位を有しない。このことは、原告が貴裁判所に提出したとみえる訴状添付書類(商業登記騰本、証明書)によって明白なところと解するが、念のため、破産手続終結決定騰本を(乙第一号証)を提出する。(但し右破産終結の登記手続は上記同裁判所の事務遅延により、昭和五八年七月一五日付を以って了されている)

(二) 而して、本件請求は、一見明白に、現在何らの権限、資格を有しない被告を相手方とするものであるから、当事者を誤った訴えとして却下をまぬがれないものである。

(三) 上記のことは、破産管財人について定める破産法第二編第三章(破産法第一五七条より一六九条まで)の規定と同法第二八二条及び同法第七条、第四条の規定上から破産終結の効果と解されている破産者の財産管理処分権の回復並びに残余財産のない法人の消滅との関係上から明白なところと解する。

(四) 蓋し、本件破産事件について、被告の破産管財人たる地位は破産裁判所の選任のときに生じ(破産法第一五七条)、上記終結決定のときをもって終了すると解されるのが通説であり、上記終結決定後は、破産手続が終了し、以後、株式会社日証金において破産管財人の管理をはなれてその財産の管理処分権一切を回復しているのである。ただ、同会社において残余財産が存在しないときは消滅した法人とされるので、この限りで商法上清算手続を終了し、その登記手続を了した(商法第四〇四条I項、四三〇条I項)、株式会社と目されるものと解されるからである。

(五) このことは、同時破産廃止の株式会社において、残務の存することが判明した場合には、あらためて清算人の選任をその本店所在地の地方裁判所に、これが利害関係人として求めるべきことを要するとする最高裁判所昭和四二年(オ)第一二四号、同裁判所昭和四三年三月一五日第二小法廷判決との対比上明らかなところである。(最判民集二二巻三号六二五頁―最高裁判所判例解説(民事篇)昭和四三年度(上)二一〇頁参照)

(六) この点について、破産法第一六二条は、破産管財人が在任中の規定としか解されないから、実務上の取扱いにおいては、本件破産手続の続行と解して、破産法の手続に従い、破産裁判所にあらためて利害関係人においてその実状を疏明して本件破産事件の破産管財人の選任を求め、若しくは民事訴訟法にしたがって破産裁判所に特別代理人(民訴法第五八条、五六条)の選任を求めてこれを処理すべきことになるものとするのが一般的見解であり、原告の本件請求原因記載の事実の如きものが存する場合の取扱いについて、被告が大阪地方裁判所破産部の実状を尋ねたところ、事案により終結決定から二~三年のものについては、破産裁判所から破産管財人であったものと協議され、又、それより時を経たものについては、特別代理人(民事訴訟法第五六条、五八条)を選任して処理されているとのことであり、被告においても上記(五)の判例に従うか、又は右大阪地方裁判所破産部の取扱いの如く破産裁判所の関与の下にその処理をすすめられるのが妥当と解するものである。

(七) 而して、仮に、上記通説の見解に反する手続がとられたときは、上記破産法の諸規定の解釈を誤ったものと解されることは明白であり、特に破産法第一六九条において破産管財人の任務終了の場合の緊急処分について定めている明文上から、任務終了した破産管財人には急迫な事情のあるときに限り、選任破産管財人又は破産者が、財産を管理することを得るに至るまで必要な処分をなすことのみを認めているところに明白に反することになるのであって、これが違法なこと明白である。

そして、原告の被告に対する本訴請求の如きものが認められるとすれば、任務終了後、一五年余も経て(理論上は当該破産管財人の死亡に至るまでか?)なお本訴の如きに応訴することを強いられ、且つ、破産裁判所の監督を受けることもなく(破産法第一六一条、尚、同法第一九七条、一九八条参照)本訴にかかわることを強いられることになり、且つ、場合により訴訟費用の負担を強いられる如きことが生ずるのであって、これが、上記通説の見解に従った処理と比べて、その不当たること明らかであろう。

そして、昭和四一年より同五〇年末頃迄の約一〇年間にわたる本件破産手続中に、原告から何らの申出もなく、且つ本訴請求の申立原因の異状、不信なことを考え合せると、その違法、不当性は明白である。

(八) 加うるに、上記本件処理手続に関しては、先に原告より御庁昭和六一年(ワ)第二〇八八号事件として本件申立と同様な訴の提起が同じ代理人からあったときに、被告より答弁書として上記実務一般の取扱いをふまえて本件破産事件の破産裁判所と協議されて手続を進められるように記載して陳述したところ、これを了とされたからであろう、右訴の取下手続がなされたので、被告はこれに同意したものであるが(乙第二号証)、本件訴状をみるに、原告は上記の様な破産裁判所に対する手続を何らとられることなく、協議することもなく本訴手続に及ばれた如くであり、その不当なこと明白である。

(九) 被告としては、上記の如く本訴申立は見当違いで、はなはだ迷惑であり、不当きわまりないとの見解を押さえることができないが、破産法第一六九条に従って、止むなく本件答弁をするものであるところ、すみやかに原告において本件破産事件の破産裁判所にしかるべき手続をすみやかにとられるか、上記(五)の判例に従った処理手続をされることを望むものである。

(十) 尚、原告の被告に対する本訴請求の如きものが破産管財人の地位、権限を有しないものに対する訴えとして却下されるべきものとした次の如き判例が存することを付言する。

参考判例の表示

名古屋高裁 昭和四九年九月二日 判例時報七八三号一二一頁

破産終結後に破産者を債務者とする競売申立は破産管財人を被申立人とすべきではない

(十一) 更に加うるに、原告の本訴請求の如きものについては、破産法第一六七条、一六八条の定めの上から本件破産事件破産管財人において処理する場合においても、破産管財人独自単独で処理できるものではなく、破産裁判所の許可又は監査委員の同意を要するものと解されるものであるが、本件訴訟手続においては、これらの許可、又は同意を取得する手続上の手段が存しないといわなければならない。蓋し、任務終了後の破産管財人について、右同意取得手続を定めた明文は存しないから同管財人が右同意取得手続をとり得ないこと明らかであるし、本件請求について、受訴裁判所が判決決定手続をしたとすれば、破産管財人に関することを破産裁判所以外の裁判所が決定することになるところ、これをすべきとする根拠は破産法上いずこにも存しないからである。そして、破産法上は、上記(三)、(七)記載のとおり、任務終了後の破産管財人については同法一六九条が存するのみであるから、これに従った処理以外は行い得ないといわざるを得ないからである。加うるに、上記破産事件においては、第一回債権者集会において、監査委員三名が選任され、上記破産終結に至るまで在任していたから、本訴請求の如きについては、破産法第一九七条の定めにより、監査委員の同意を要する行為であると解されるから、破産管財人単独で処理できず、監査委員の同意を要する所為を破産管財人単独を相手に請求されているものとして、この限りにおいても不適法であり、却下をまぬがれないと解するものである。

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